スポンサーサイト

--.--.--(--)

『スポンサー広告』 Comment-Trackback-
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
なんとなくふさわしくない例え話

2015.07.03(Fri)

『未分類』 Comment(2)Trackback(0)
八百屋お七の話をよく聞きました。

助けてやりたい奉行の心を伝える人がいればお七は命を落とさずにすんだ、だから阿弥陀さまの御心を正しく伝えてくれる善知識が大事、という内容でした。

善知識が大事という話はほかにも度々されていましたね。

今思うと、阿弥陀様の御心をそのままストレートに受け取ってはいけないという例えのようにも感じます。

また、阿弥陀様の御心は特別な人しかわからない、というようにも思えます。


果たして奉行の気持ちは正しく伝えられているのか、お七になろうとしているのは誰なのか、会員さんに伝えたいです。


スポンサーサイト
トラックバックURL

http://kotonoito.blog89.fc2.com/tb.php/285-efbc1f90

トラックバック
コメント
退会後に勉強して知ったことですが、善知識を強調したのは覚如上人だそうです。本願寺の中央集権化を図るために善知識の必要性を強く押し出したということのようです。

親鸞聖人の教えをそのまま受け継いだのが覚如上人、蓮如上人だと親鸞会では教えているので、上記のことやその他にも疑義があることを知って、そのまま受け継いでないじゃん!と思ったものです。

それに、助けてやりたい奉行と助かりたいお七の喩話にしても、「助かりたいのです、どうか助けて下さい」と私が希願請求するのは浄土真宗の教えではないということも分かりました。

他にもまだまだありますが、親鸞会で教えられたことをリセットするのは結構大変な作業です^^;

ブルームーン 2015.07.04 20:47 編集
ブルームーン様

コメントありがとうございます^^

やはり個人的な思惑が入ると、教えがゆがんでしまうのですね。(ゆがむというと言いすぎなのかもしれないけど、親鸞聖人は善知識を強調されてはないですし。。)

確かにお七の場合はこちらから「助けてください」という立場に見えてしまいますよね。

すごく善意に解釈すればこの例えも合ってる一面があるのかなあと思ったのですが、やはりいろんな誤解を生みやすい例えだと思います。

いまだにS会で聞いたことで影響を受けていることは残っていると思います。
それを自分でなかなか気付けないのがやっかいですね。
ことり 2015.07.06 09:13 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
▼ プロフィール

ことり

Author:ことり
こんにちは、
ようこそいらっしゃいました。
拙いページですが
お気軽にコメントしてください。
kotorinokotonoito@gmail.com

▼ 最新記事
▼ 最新コメント
▼ 最新トラックバック
▼ 月別アーカイブ
▼ TOEICボキャドリル

▼ カテゴリ
▼ 天気予報

-天気予報コム- -FC2-
▼ カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
▼ 検索フォーム
▼ RSSリンクの表示
▼ リンク
▼ ブロとも申請フォーム
▼ QRコード
QRコード

pagetop ↑

Copyright © 2017 ことり all rights reserved.
Powered By FC2 blog. Designed by yucaco.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。