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大したことないから救われる

2015.06.18(Thu)

『未分類』 Comment(6)Trackback(0)
有資格
大したことのできない私を救ってくださるからこそ有り難い御本願なのでした。

「ビリギャル」は見てないですが、もともと頭のいい子を大学に受からせる先生とビリの子を受からせる先生では、後者の先生の方が優れていると言えますよね。

信心がわかるまでは、やはり救われる人は特別な人だと思っていたし、自分もそうあってほしいと思っていました。

無条件と聞いても、心ひそかには「頑張ってる私」を救ってくださる法であることを期待していました。

でも無差別級の救いということがわかって、法からみた自分の立場の一面がわかりました。

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コメント
どうしたら阿弥陀仏の御心が受け入れられるのでしょうか?
世間にまことはないと聞かせてもらいましたが、その世間のことで心は乱れ頭が一杯になってしまいます。
こんなに辛いから早く助かりたい、と思うのですが。
そのまま、とか、ただが私にはわかりません。
セリ 2015.06.18 12:49 編集
セリ様

コメントありがとうございます^^

私は世間のことが大混乱な時期に御心に気付かせていただいたので、セリ様が他のことで心がいっぱいな状態であったとしても御本願を聞くことには問題はないのだと思います。
ただ私は、信心がわかれば世間の問題も解決するに違いない!と思っていたけど、そこはまったく変わらず大混乱のままでした。
煩悩あるがままのお救いとはこういうことなのか、と思いました。

「ただ」「そのまま」とは「私には何の変化も求められていない」ということだと思います。
セリ様は「こうなったら救われる」などのような条件、変化を考えてはおられないでしょうか。
「自分が今はこうだから聞けない」とか「こうなれば聞ける」という思いはないでしょうか。
何か阿弥陀様に差し出そうとする心はないでしょうか。

しかし言ってしまえば阿弥陀様はその心もまとめて「そのままの状態でよい」と仰っています。
阿弥陀様に向かおうとしても向かえない、逆向きのままの私に「そのまま救う」と仰って下さっていたことに気付いたのです。
「こっちを向いたら救う」ではなく「逆向きのままのお前を救う」という御心だったと領解させていただいています。
ことり 2015.06.19 10:04 編集
お返事をいただき、ありがとうございます。

確かにおっしゃる通り、
表面的にはそのままの私をおまかせしたい。と思ってはいても、
下の心が、というのでしょうか、もっと奥の方の心があって、
その心は私は死にもしないだろうし、私自身の望みさえ叶ったらあとはどうでもいい、と法話でお聞きする真実とは正反対のことを絶対的に信じているのです。
その心が絶対的過ぎて、どうしようもなくなります…

私に叩かれて死んでいく蚊や、足を引きずっている鳩を見て、「あれは私だったかもしれない。死はすぐそこにあるのだし、今、阿弥陀仏の本願が聞けなければ。」と思っても、先程の心がむくむくと沸き上がってきて、真剣になれない自分がいます。

長々とすみません(´;ω;`)
今後もブログ楽しみにしてます!
猫ちゃん好きなので!
飼うのが夢です(*^^*)
セリ 2015.06.19 12:45 編集
>私は死にもしないだろうし、私自身の望みさえ叶ったらあとはどうでもいい

私も本心は今もこんな感じです。
この世は迷いだったんだ!とハッキリ自覚が生まれることはないと思います。また、迷いといわれているのに世間にかかりきりだということを悲しむ必要はないと思いますよ。私の周りで知る限り、世を捨てて救われた人はいないです(^^;)煩悩只中で救われる教えなのですから・・。

猫かわいいですよ(^^)
思った以上にコミュニケーションがとれて、呼べばお返事もできます。
いつか縁のある猫ちゃんと出会えればいいですね。
ことり 2015.06.19 22:12 編集
楽しく読ませていただいてます。
阿弥陀様の「平等の救い」が、清らかな心の人も、悪しか造れない人も平等に救われる、文字通りの「平等」であり、本当の「無差別の救い」であると分かったときには驚き、このような救いは、きっと信を得ている人以外には理解してもらえないだろうと思いました。それでも、今親鸞聖人の教えを聞いておられる方には、弥陀の本願不可思議をきいていただきたいです。
いつもありがとうございます。
メンデル 2015.06.20 00:15 編集
メンデルさま

こんにちは^^コメントありがとうございます。

本当に言葉は不完全というか、自分の心を表現する言葉がうまくみつからないです。
「平等」「本願を聞く」といっても、多分相手はこう受け取っているだろうけど、そうではないんだ、と思いながら話しています。じゃあ、他の言い方でしてよと言われても、こうしか言えないのですよね。。
自分の言葉をいつも模索しているような感じです。

>それでも、今親鸞聖人の教えを聞いておられる方には、弥陀の本願不可思議をきいていただきたいです

本当にそうですね。
御心は思ったよりとても身近なもので(この表現もどうなのか)すぐとなりにあるようなものであったと気付いていただきたいですね。
ことり 2015.06.20 10:49 編集
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