全てが初めから明らかであったら

2015.03.10(Tue)

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聞き始めて数ヶ月後、入会を勧められた時は一度断りました。

「このままでも法話は聞けるし入会までは抵抗があります。他にも秘密があるのではないかと思って不安に思っています。」と私はかなり率直な気持ちを伝えたところ、

「S会はねー、秘密なんてないのよー!」と講師の方は豪快に笑い飛ばされました。

私としては後から小出しに「実は○○にはこういうお金がいる」「実は○○をしないと先へ進めない」など、会員にならないと知らない情報を後から知らされるのが嫌だと思っていたのです。

その時は「まあ、無理には進めない方がいいから」といってその話はすぐに引っ込められて、私は少し拍子抜けしたような気持ちになりました。



話はそれますが、一時期玄関のチャイムがなったらすごく不機嫌に対応していたことがあります。
(荷物が届くとわかっていたり誰か来る予定の時は別としてです。)

そういう時は新聞や宗教の勧誘や訪問販売だったりするので、うっかり愛想よく対応してしまうと向こうの雰囲気に飲まれそうなのが怖かったからです。

慣れた人ならすぐに「うちには必要ありません、失礼します」とうまくあしらえるのでしょうが、未熟だった私は途中で断るのが難しいと考え最初から無愛想という作戦をとっていました。

同じようにS会に深く関わってそれなりに人間関係もできるようになると自分に抵抗がある申し出を今更断ったりできなくなることが不安でした。

自分の性格からして「そうせざるを得ない、そうするべきだ」と思うようになって、意志なのか強制なのかあいまいなまま流されていくことが怖いと思っていました。



結局そうなってしまったのですが、もっと私に知識があって組織の内容を全て知っていたらこんなことにはならなかったのにと思います。

カルトに対する定義も知らなかったので、絶対にオウムなどとは違うと思っていました。

でも私の当初の不安を思い返してみれば、組織がカルトであることへの不安だったわけです。

知れば知るほどカルトの特徴と一致していることがわかったのはやめた後でした。

教義や人間関係などで残っている人も、実はもっと別の問題をはらんだ団体であり自分達は被害を受け続けているということがわかれば冷静になるのではないかと思います。

「被害」というときつい言葉ですが、自分の意志でそうしているようで実は被害者であることを知ってもらいたいです。



かつての支部の人達を思い返しても、「カルト信者」という言葉で表現するにはあまりにも普通で良心的な人たちばかりです。

自分がいわれてもピンときません。

普通の幸せを望んでいる普通の人の生活を、お金や時間の使い方から人生の方向性まで歪めていることが罪深いと思います。
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