10年もたえられないよ。

2010.02.02(Tue)

『日常』 Comment(5)Trackback(0)
「妙好人のことば」を読み返していました。

因幡の源左さんは、「親さまにすがるというのは、この身も心も。生も死も、そっくりそのまま親さまにおまかせすることである、と聞かせていただいて、頭の中ではわかったつもりで、やれやれそうであったかと思っていると、あるときふっと心にしのびよるえたいの知れぬものにおびえて、また何もかもわからなくなってしまうことがしばしばありました。」

心が開けたのは、恐ろしいことにこの心が10年続いた後らしいのです。

読みながらぎえ~と思ってしまいました。

それだと困るなあ。。

2009年の大晦日、絶対2010年を信心決定しないで迎えたくない!と思って一人本を読んで過ごしてしまったのですが、はや1月も終わってしまいました。

大晦日の時のような切羽詰まった気持ちはすっかりどこへやら、やるべきことがあればそちらで頭がいっぱいで、自分の都合にあわせて阿弥陀さまを呼び出しているような有様です。

こんな調子だと本当に10年このままで過ごしてしまうのかもしれない。。(その前に寿命が終わることも有り得るし)

かといって自分で何かを加速する方法があるわけではないのですが。





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コメント
阿弥陀仏は、十劫前から呼び尽くされていますのに、
十劫では足りなくて、あと10年必要でしょうか?
五劫の思惟と兆載永劫の修行で円満した名号で、十劫前から呼ばれておれば、何が不足でしょう?
10年も計らって苦しむのが耐えられないのですから、今計らいやめて、弥陀にまかせて下さい。
YGM 2010.02.03 10:39 編集
こんばんは。コメントありがとうございます。
救われるか救われてないかの縦の線だけと思っていても、実際の心では進むべき横の線があると思っているのかもしれません。

阿弥陀さまの五劫の思惟と兆載永劫の修行に何を足さねばならないと思う心があるのか、頭では私が何をしても及ばないことだと理解しているのですが。。
ことり 2010.02.04 00:40 編集
この際、縦の線も無視して下さい。
縦の線の向こう側に救いがあるのではありません。薄紙一枚挟んで私の周りに満ちています。正覚大音響流十方です。
縦の線の向こう側だけに響流しているのではありません。聞こうとしなければ聞こえないようなか細い音でない正覚の大音です。
聞こえて下さるのです。
YGM 2010.02.05 14:14 編集
初めまして(^-^)

信心をありのままに語られていいと思います。これからも包み隠さずに今の思いを友同行にぶつけていったらいいんじゃないでしょうか。

阿弥陀仏はことりさん一人の為に本願を建てられ、南無阿弥陀仏を成就されました。それに対してことりさんは、計らいなく念仏するのみです。
小難しい理解は一切不要、正定業である念仏(他力念仏)一つ勧められています。南無阿弥陀仏のいわれを聞いて下さい。
淳心房 2010.02.05 15:48 編集
YGMさん
そうですね、遠くではないのですよね。ううん、なんだか判るような気はするんですよ~。。

淳心房さん、初めまして。
コメントありがとうございます。
出来る限り自分の思ってることを言っていこうと思っているのですが、いつもそれでも何かしっくりこないなあと言う感じです。
気持ちがスカスカの時も念仏させていただこうと思います。
ことり 2010.02.05 23:32 編集
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