聖覚法印あれこれ

2013.11.26(Tue)

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聖覚法印

持明院になつめどうという堂あり。

淡路入道長蓮が堂なり。

築地のくずれたりけるをつかせけるに、つくものども、おのがどち物語すとて、聖覚法印の説経の事などをかたりけり。

その折しも聖覚輿にかかれてその前をとおりけるに、これらが物語に、「聖覚の」というを、ともなる力者法師ききとがめて、「※おやまきの聖覚や。※ははまきの聖覚や」など、ねめつつ見かえり見かえりにらみけり。

築地つきをのるにてはあれども、當座には主をのるとぞ聞えける。

「かかる不祥こそありしか」と、彼の法印、人にかたりてわらいけり。(古今著聞集)


築地塀を修繕する者たちが雑談中に「聖覚が」と言っているのを、聖覚の輿を担いで通りがかった従者が聞きとがめ、「おやまき、ははまきが聖覚、聖覚と呼び捨てにしている」と激しく罵ってにらみました。

修繕する者たちを罵っているのが、主人である自分を罵っているようにも聞こえた、と後に聖覚法印が笑いながら人に話しました。

※大変侮辱する言葉のようです。



内容は仏教とは関係ないですが古典の中の聖覚法印を見つけて面白いなと思ったのであげてみました。

おおらかでユーモアセンスのある方だったのかなと思います。

従者にも慕われて尊敬されている様子がわかります。


聖覚法印は信西入道の孫にあたるのですね。

大河ドラマの「平清盛」ではアベサダヲさんが信西を演じていていました。

歴史上の主要な人物の血筋であったことに驚きました。

クーデターで殺害されてしまった人の血筋なので、何か苦労とか不都合はなかったのでしょうか。

法然上人に深く信頼されていたのに、生涯天台宗の僧侶であったのも不思議な気がします。

「天台宗を辞めてからじゃないと聞きに来てはいけない」とは言われてないでしょうから、わざわざエリートコースから外れる理由もなかったのでしょうか。

そればかりか嘉禄の法難では、念仏停止を訴える立場になっているので複雑な気持ちになりますが、聖覚法印とはいえ人がすることは簡潔に割り切れるものではないのかもしれません。

その後に親鸞聖人は唯信抄を何度も書写して関東のご門徒にも勧められているので、聖覚法印への尊敬は変わらなかったことを重視するべきなのかなと思います。

多分ドラマなどでは聖覚法印にはやむにやまれぬ事情があって、親鸞聖人もそれはよくよくご承知という脚本が書かれる場面なのでしょうか。
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