裏を読まない、深読みしない

2013.09.17(Tue)

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限界

私達の周りには真実でない言葉が常にあふれていて、それに慣れ過ぎていると思います。

「お近くにお寄りの際はぜひお越しください」「平服でお越しください」という言葉を真受けにすると恥をかいたりします。

初めはウソをつくつもりはなくても、結果的に不誠実になる言葉になることもあります。

何気ない言葉でさえも、常識的に考えてこういう意味だな、と無意識レベルでウラを読む思考が身についてしまっていると思います。

すべてが悪いことではないと思いますが、日本人は特にそういう深読み思考が強いのではないかと思います。

阿弥陀様はそういう深読みをしなくていいお方なので、言葉をそのまま受け取らせていただくだけです。

そのままといっても無条件といっても、ここまでではないだろうという範囲を自分で設けてしまっていると思います。

自分で自分の枠から出ることは難しいと思うのですが、阿弥陀様のお慈悲はその枠の外にあります。

ベリっとその枠をやぶって外へ出てみてください。

自分で破ったら自力では?などと考えず、ためしにやってみることをお勧めしたいです。
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コメント
なぜだか分かりませんが、仏教の法話を聞いたり読ませていただいたりするとどうしたら、どうなったらと変換していると思いました。
2013.09.18 09:05 編集
コメントありがとうございます。
私もずっとそうでした。
阿弥陀様のお力はここまでしか及ばないという限界を設けて、値踏みしていました。
阿弥陀様はもう言いたいことはもう全て言われていました。それなのに「本当は他に条件あるんでしょう」と阿弥陀様の御心をはかり、さぐるような失礼な心がありました。
言葉として自覚はしてなかったけど、そういう感情がずっとありました。これが疑いであり、阿弥陀様をおろそかに思う心であり、うぬぼれであり、自力でした。
ことり 2013.09.18 11:37 編集
お返事いただきありがとうございます。なかなか聞けないなあ~。と、いつも自分に向いているのかもしれません。ご法話はあみださまのお慈悲を聞かせていただくのですよ。と言われるのに、段々惰性的になっていくような自分に冷めてしまっています。愚痴ってしまい申し訳ありません。
2013.09.18 16:46 編集
そのお気持ちよくわかりますよ^^
悲しんだり愚痴ったり投げ出したりの繰り返しでした。
自分ばかり見ていたけど、私の側はどうにも変わりませんでした。また阿弥陀様も何も変わられませんでした。
最初からずっと「後生仏にする」という勅命を告げられているだけなんですよね。
それがわかった時私はご本願を初めて聞きました。
ことり 2013.09.18 22:18 編集
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