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うまい話

2013.05.12(Sun)

『未分類』 Comment(3)Trackback(0)
うまい話

悪ふざけが過ぎる気もしますが、思いついたので描きたくなってしまいました。
笑ってる場合ではないですが、悪そうな顔して実は真面目な人達です。

布教、説法についてはいろんな疑問があります。

比叡山にいったときに根本中堂で短い法話をされていましたが、ほんわかしたいい話という内容でした。
これだけ修行しても仏にはなれないんだというような話をすればいいのにと思っていました。

救いの内容をしるにはある程度お聖教の言葉を理解してないと難しいのではないかと思うけど、一般向けの法話ではあまりお言葉を詳しく説明されないと思います。

それとも、もうみんな知ってる前提なのでしょうか。どういう人を想定してるのかも聞いてみたいです。

信心とったか、まだか、という話だけではなんとなく信心を後生の手段とみなしたような、ギスギスした感じになるような気もしています。
とった後はどうしていけばいいの、という問題にもなります。
(御一代記聞書には「罪の有る無しの沙汰をせんよりは、信心を取りたるか取らざるかの沙汰をいくたびもいくたびもよし。」とありますが)

倫理道徳的な話は一切しないのもどうなのかという気もしますが、そこだけが重要になっても違います。


もやもや感がうまくかけないのでここら辺でやめておきます。
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コメント
悪ふざけどころか、すっごくわかります、この気持ち!

結局、話し手のお坊さんの側も、短い時間で話せる内容は限られてきますし、言うまでもなく聞法されてる人もいろんな人がいるという前提で話されてるでしょうから、むしろ一番悩まれてるのはお坊さんの方じゃないかという気がします。
戦前の説教本を読むと、「当時はこんなハイレベルな法話がなされてたのか!」とビックリします。義務教育が小学校までだった時代に、現代よりもはるかに難しい、突っ込んだ法話がなされていたということは、言い換えれば、聞き手の側も相当ご法義に熱心だったが故だと思います。

Rudel 2013.06.05 01:56 編集
Rudel様
コメントありがとうございます!
共感していただけてうれしいです。
比叡山に関しては、観光客相手だし時間も取れないので仕方ないと思う部分も多いにあります。
でも普通の法話の場合でも、譬えが言いたいことと合ってないと思うときや、今この場に来た人なら知っていると思われる内容を延々説明されるときや、関係ないことの説明の説明で中々本題にたどりつかない時など、不満に思うことも多々あります。
あまりよく知りませんが、法話の内容も戦前と戦後では全く違うような印象です。
戦前の布教使は怖そう、厳しそうというイメージを持っていますが、今そのような方に会うことはなく(むやみに怖くなくていいのですが)優しい、悪くいえば媚を売るような話方に聞こえるのです。

S会の影響が残っていてそう思うのかもしれませんが、説く人聞く人が本当に変わってしまっているのなら何が原因か知りたいです。
ことり 2013.06.05 23:10 編集
お返事ありがとうございます。
まあ、比叡山に関して言えば、観光客向けの短い法話ということもあるでしょうが、そもそも天台宗の法話、つまり聖道門の法話ですから、 「これだけ修行しても成仏できないんだよ」などという事をわざわざ言わないでしょうね。
聖道門の坊さんが一般在家の人にそのような話をしても、「仏教はあんたらには及びもつかない無関係なものなんだよ」と言うに等しい事ですから(;・∀・)
かと言って天台教義に関して突っ込んだ難しい話をしても理解できないですから、それよりは仏教のみ教えに基づいた「いい話」をするというのは、ある意味当然といえば当然だと思います。

真宗の法話の件に話を戻しますと、最初のコメントでも述べましたが、お坊さんがたも(真宗僧侶としての自覚や誠意のある方であれば)色々と試行錯誤しながらされてるのは事実とは思いますよ。
「?」と思う法話も多いのも、また事実ですが(;・∀・)
結局お坊さんのほうも、その人その人で能力や経験は千差万別ですから、他人があれこれ論じたり批評したりしても、どうしてみようもないのかも知れません。
それよりは、自分なりに「よきひと」と本音で思える先生や仲間を見つけることの方が有意義なんじゃないかな…と思いました。

昔と今とで、伝道というか教化の雰囲気が大幅に変わってしまったというのは私も同様に感じますし、また、なぜそうなったのか、とは常々考えるところです。
Rudel 2013.06.06 18:53 編集
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