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疑いの意味

2013.04.24(Wed)

『未分類』 Comment(3)Trackback(0)
自信

今思うと「疑い」という言葉は今ひとつピンときません。

むしろ、絶対救われてないという自信はあり、そのことについての疑いは全くありませんでした。
(こういう思考はやはりS会に所属していた人特有なのでしょうか。)

若存若亡どころか、本願を否定している、という方が正しかったと思います。

自分で想像した姿になることが「疑い晴れること」と思っていましたが、その晴れた姿が間違っているのだから、疑いが晴れることは絶対ないことでした。

「疑い」=「期待通りになっていない」という気持ちで、不満の思いでした。

「本願まことだったー」と雷に打たれたように疑いが晴れたのではなく、「ああ、そういう意味だったんだ、それなら助かっちゃうんじゃないの?助かるってこういうことだったんじゃないの?」という思いでした。
(文字にするとなんか軽いですが。。)

視点を変えて、本当に救われていないのか、ということを疑ってみてもよかったと思います。

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コメント
 視点を変える。これはたいへん重要な指摘だと思います。私もかねがねそのように思っていました。自分の視点に立って弥陀如来の救いを考えると絶対に救われていない。しかし、弥陀仏の視点に立つと絶対に救われる。この視点の変化が信の本質なのかも知れません。
たかぼー 2013.04.25 15:41 編集
たかぼー様
「コペルニクス的転回」ということはこういうことを言われていたのかなと今は思います。
金剛心は自分にできて安心するのかと思ってましたが、阿弥陀様が金剛心だから安心できるのでした。
「他力」「まかせる」というかたじけなさと有難さを感じます。
ことり 2013.04.26 11:13 編集
自力回向する側から本願力回向を受ける側になるというのも、回向の視点が変わるということですよね。
たかぼー 2013.04.26 17:08 編集
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