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ことりの実相

2012.04.21(Sat)

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砂遊び

琴説「砂遊び比喩経」^^
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コメント
摂取の光明に照らし出された我が身についての自覚、ということですね。
たかぼー 2012.04.23 10:59 編集
ウムウム、自分で書いたことなのに、たかぼーさんに解説してもらうとよくわかりますなあ。

十分わかってるのに、やらずにおれないのです。
驚くほどその心は変わりません。
もうちょっと成長していきたいものです。
ことり 2012.04.24 00:41 編集
法然上人が「往生浄土用心」において「・・・そのゆえは、無始よりこのかた六趣にめぐりし時も、形はかはれども、心はかはらずして、いろいろさまざまにつくりならひて候へば、・・・」と言われています。真宗の法義に精通すべく努力して勉学するということとは別のことなのでしょうが、私も、心はそうそうに変わるものではないと強く実感しています。
たかぼー 2012.04.24 12:16 編集
たかぼーさん、そなたもでありましたか。
ことり 2012.04.25 01:23 編集
琴さま
追加補足すると、信前においては、生死出離の行としての善行を行う気はさらさらなく、後生もどこ吹く風、という感じでした。信後もまた、心から善行を行う気はなく、したがって生死の出離を願うべくもない有様、です。生死出離に向けて1歩たりとも足を前に出すことができないすがたのまま、阿弥陀仏は私を浄土に連れて行くと仰せであることには、まことに、かたじないことです。
たかぼー 2012.04.25 12:41 編集
以前は後生のことに真剣になろうともなりきれない気持ちに苦しみましたがいつまでたっても真剣になれるときなどなかったのですね。
本来もっと深くありがたく思うべき身にならせていただいたのに、こんな程度しか自分は感じれないのかと恥ずかしく阿弥陀様に申し訳なく思うばかりです。
南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。
ことり 2012.04.26 00:18 編集
琴様は、私に比べたら、ぐっといい方(上品)ですよ。私は、恥ずかしいという思いは、残念ながら、でてこないのです。だから、堂々とこのように言えるのです。あさましいなぁ~。
たかぼー 2012.05.01 17:11 編集
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