オリンピックを見て

2018.03.04(Sun)

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今回のソチオリンピックは本当にメダルラッシュで多くの感動をもらいました。

フィギュアスケートの男子で金、銀と日本人の選手がメダルを取る日が来るとは思っても見ませんでした。

銅メダルを獲得した高梨選手は本人としてはがっかりしているのではと思ってしまったのですが、表彰台の上で一番笑顔で飛び跳ねている彼女をみて、ほっとしてうれしく思うと同時に彼女が背負っていたものの大きさを感じ涙が止まりませんでした。

メダルが期待される選手にかかる重圧を思うと、残酷というか厳しい世界だなあとつくづく思います。


多くの選手のみなさんはこの4年間寝ても冷めてもオリンピックのことだけを考えて努力の日々を過ごしていたのだろうと思いますが、とてもそんな努力はできないにしても、気持ちだけはそれくらいもってないと信心決定できないと思っていました。

臥薪嘗胆の思いで努力し、信心決定とは超狭き門をくぐることだと思っていました。

蓮如上人の「その寵を水につけよ」のお言葉は、目に入るもの、耳に聞こえるもの全てを仏法に関するもので常に埋め尽くすくらいにしないと信心は獲れないと理解していました。

会にいるとどうしても、自分の聞き方がいけない、真剣さが足りない、聴聞の回数が足りない、お布施の額が足りないなど、自分を責める思考になります。

すでに自分を受けいれてくださっている阿弥陀様にはまったく心は向きません。

私も何度となく阿弥陀様に向くよう、仰ぐよう言われましたが、その意味が理解できませんでした。

仰いだところでこちらからお願いを出来るのものではないし、阿弥陀様に認めてもらえるまで自分一人で頑張らないといけないと思っていたので、「こんなに苦しいのにまだダメなんですか」という気持ちでした。

今もこのような気持ちで会員を続けている方は多いと思いますが、信心を獲るということは阿弥陀様に背をむけて一人で頑張ることではありません。

また頑張った褒美として信心をいただくものでもありません。

オリンピックでは一番高い表彰台に上るのは大変な努力と才能が必要ですが、御信心でいうと今自分のいるところがすでに表彰台の上です。

段差がないのでわかりにくいだけなのです。

自分はこんなに頑張ったのに、結局みんなと一緒ではつまらないと思う人もいるかもしれませんが、全ての人を救うお誓いを立ててくださった阿弥陀様なのだから、それは当然なのです。

広大なお慈悲とはそういうことなのだと思います。




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