意外な結末に終わる

2017.08.03(Thu)

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言葉でいうと「救われる」という言い方になるけど、これが本当にふさわしいかよくわかりません。

日常生活の具体的な辛さならともかく、

仏教的にみた苦しさの中にいるという感覚は常日頃感じてはいないので、

救うといわれても何をどう救われるかよくわからないのが実感なのではないでしょうか。

今の状態をゼロとして、ここに何かプラスされないと救われたということにはならないのではないかと思う方も

いらっしゃるのではないかと思います。

でもそのゼロの状態ですでにお救いの中なので、私の感覚でいえば何かがプラスされたような自覚はありません。

ゼロに何かを足したい、足してもらいたいと思っていたけど、何かを上乗せする解決の仕方ではありませんでした。

「救われる」「救われない」という切羽つまった二択ではなく、

「すでに許されている」という広々として暖かく感動的な終わり方でした。





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コメント
まったく同感です。

「救われましたか?」「はい、救われました」というのに違和感を感じます。

「お救いの中にいる」という言い方だと、それほど違和感はありませんが。

毎日暑いですね。ご自愛ください。


mashu 2017.08.05 10:16 編集
mashuさま

コメントありがとうございます。
S会の影響を受けると、常にこの2択を突きつけられているようで本来のお慈悲の在り方に思いをはせる事が難しいように思います。
振り返っても、今の自分は「救われている」か「救われていない」かということに固執しすぎて自分にしか目がむいてなかったと思います。

本当に毎日蒸し暑いですね。
mashuさんも体調に気をつけてくださいね。

ことり 2017.08.06 00:15 編集
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