疑問はないのか?

2017.05.14(Sun)

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続けていくのはしんどいと思っていたけど、真実を求めるには仕方ないことと諦めていました。

難中の難と聞かされていたから、苦しいこともなかなか信心決定できないことも当たり前だと思っていました。

しかし、難しと言われているのは信を得るまでの心の道程であって、それと活動の苦しさとは全く無関係です。

私が一番辛かったのは家族との折り合いでしたが、反対されながら毎月富山に行くという苦しさは富山でしか説法が開かれないというS会側の事情によるものであって、本来の信を求める辛さとは別のもののはずです。

本当にみんなに信ととってもらいたい、仏法を広めたいというなら、説法ビデオをみんなに貸し出したり、地元で講師が説法したり(以前はそうだったのでしょうが)方法はいくらでもあります。

また多額のお布施を出さなくてはいけないのが苦しいことと、信を得ることが難いのとは何の関係もありません。

ついでに言うなら、毎月地元の講演会のチラシを配るのもなんだか恥ずかしくて嫌いでした。

S会にいるからこそのしんどさを、求道の苦しさと履き違えているのです。



私はその苦しさゆえに、早く信心決定して活動から離れたいと思っていましたが、みんなにはその辛さがないのか疑問です。

実際活動が苦もなく出来てしまって疑問がわかないのか、縁がまだまだ尽きないのか、甚だ残念であり、歯がゆくも腹立たしくも思うのです。






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コメント
本当にそうですね。外部の情報には目を塞ぎ、耳を閉じ、「誰が何と言おうと高森先生が正しい」と信じているのは、他の新興宗教と何も変わりません。それでいて「自分達は違う」と思っているのでしょうから救いがないですね。

私も声かけやチラシ配りは後ろめたい気持ちがあって嫌でした。仏法を弘める素晴らしい活動のはずなのに、そういう気持ちが先行していましたね。

皆さんどう考えて今も活動しているのか私も知りたいです。尤も私は危険視されているのでメールしても返信はないでしょうが・・・
淳心房 2017.05.20 22:03 編集
淳心房様

コメント有難うございます。

数ある新興宗教の中で、親鸞会はお布施や活動面でしんどい部類に入るのではないかと思っているのですが、その活動も近年ますますおかしなものになっていると感じます。
ご年配の方は仕方ない面もあると思いますが、現役で働いているような世代の人で未だ疑うことも出来ない人は本当にどうかしているのかと思ってしまいます。
親鸞会という丸太に今なおしがみついている会員の方々が気の毒ではありますが、理解もできません。

マインドコントロールがとけるには、まずその場から離れて冷静になる期間がないといけないと思いますが、それができない間は縁が続いてしまうのでしょうか。
ことり 2017.05.25 12:15 編集
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