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このままで

2017.09.10(Sun)

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0910_20170910222655fe8.jpg


お慈悲の意味がわかってから、これは今まで私が想像していたものとは全く違っていたということがわかりました。

信心決定すればこの世の苦からも解放されるのではないかと期待していたけど、残念ながらそういう方向のものではないのだなということもわかりました。

良くも悪くも私は私のままで生活するだけです。

これまで間違ったこともおおいにしてきたし、今となっては取り返しのつかないことや後悔することもたくさんあるけど、その時その時では一生懸命に生きていてそうなるしかなかったのだと思うことにしています。

私は妙好人方のようにはなれないし、何か仏教的な目覚めや気づきもありません。

仏法を知る前がそうだったように、いわゆる一般的な善悪の感覚から外れないよう努めていくだけです。






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じゃんがじゃんが

2017.08.05(Sat)

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0805-6_20170805134139fcf.jpg
アンガールズのオチっぽくないかもしれませんが。

前回の内容で「救われる」という言い方に物申したのに、ここでは使ってしまってましたね・・。

「救われる」も、もっと細かく見てみるべきでした。

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意外な結末に終わる

2017.08.03(Thu)

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言葉でいうと「救われる」という言い方になるけど、これが本当にふさわしいかよくわかりません。

日常生活の具体的な辛さならともかく、

仏教的にみた苦しさの中にいるという感覚は常日頃感じてはいないので、

救うといわれても何をどう救われるかよくわからないのが実感なのではないでしょうか。

今の状態をゼロとして、ここに何かプラスされないと救われたということにはならないのではないかと思う方も

いらっしゃるのではないかと思います。

でもそのゼロの状態ですでにお救いの中なので、私の感覚でいえば何かがプラスされたような自覚はありません。

ゼロに何かを足したい、足してもらいたいと思っていたけど、何かを上乗せする解決の仕方ではありませんでした。

「救われる」「救われない」という切羽つまった二択ではなく、

「すでに許されている」という広々として暖かく感動的な終わり方でした。





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仏智無辺にましませば

2017.07.05(Wed)

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0704_20170705001641645.jpg

どういうことを言われているのかわかった時、お慈悲の広さのすさまじさに衝撃を受けました。

これなら助からない人などいるわけがない、と思いました。

一方で、あまりの差別のなさに逆に何か残酷ささえ感じました。

無条件と聞いても「いや、そうは言っても」という思いはありませんか。

因果の道理を叩き込まれた私たちには特に受け入れがたいことだと思います。



何のしばりも枠もないことが、かえってわかりにくくなってしまう原因かもしれませんがお慈悲は広大無辺です。


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疑問はないのか?

2017.05.14(Sun)

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0513.jpg

続けていくのはしんどいと思っていたけど、真実を求めるには仕方ないことと諦めていました。

難中の難と聞かされていたから、苦しいこともなかなか信心決定できないことも当たり前だと思っていました。

しかし、難しと言われているのは信を得るまでの心の道程であって、それと活動の苦しさとは全く無関係です。

私が一番辛かったのは家族との折り合いでしたが、反対されながら毎月富山に行くという苦しさは富山でしか説法が開かれないというS会側の事情によるものであって、本来の信を求める辛さとは別のもののはずです。

本当にみんなに信ととってもらいたい、仏法を広めたいというなら、説法ビデオをみんなに貸し出したり、地元で講師が説法したり(以前はそうだったのでしょうが)方法はいくらでもあります。

また多額のお布施を出さなくてはいけないのが苦しいことと、信を得ることが難いのとは何の関係もありません。

ついでに言うなら、毎月地元の講演会のチラシを配るのもなんだか恥ずかしくて嫌いでした。

S会にいるからこそのしんどさを、求道の苦しさと履き違えているのです。



私はその苦しさゆえに、早く信心決定して活動から離れたいと思っていましたが、みんなにはその辛さがないのか疑問です。

実際活動が苦もなく出来てしまって疑問がわかないのか、縁がまだまだ尽きないのか、甚だ残念であり、歯がゆくも腹立たしくも思うのです。






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